VR/ARと博物館

博物館情報化の可能性について,VR(Virtual Reality)やAR(Augmented Reality)に代表される仮想技術を中心に考察してみたいと思います.

今年に入り,Second Life上で博物館を実現しようとする動きが出てきています.


Second Lifeについては,MMOGと言われたり,メタバースと言われたり,様々な定義があるようですが,ryojin3はSecond Life=3D仮想空間であり,現実世界で起こる様々な人間活動を投影したバーチャル空間なのだと理解しています.

Second Lifeは2年程前に話題になったサービスですが,当時は操作が難しい・マシンの要求スペックが高い・何をするにもお金がかかる等,いくつかの不人気な理由がありました.近年はこれらの理由に対するいくつかの改善が見られるようで,若干かもしれませんが利用上の障壁は下がってきているかと思います.


また,Second LifeのようにPC上で実現するVRとはまったくアプローチを異にするVRも存在します.例えば,凸版印刷ではシアターに設置した大型のスクリーン(カーブスクリーン,あるいは4Kスクリーン)上に没入感を伴うコンテンツを表示し,コンテンツを閲覧している人間があたかもコンテンツ内部に入り込んでいる状況を作り出すVR作りを行っています.


他にも,科博日本SGIと共同で行ったVR技術を用いた体験型展示の試みや,以前当サイトでもご紹介したGoogle Earth上にプラド美術館を構築する試み,Flash等を用いてWeb上に作られる「バーチャル博物館」等,多くのVR事例が散見されます.


最近,このようなVRの対を成す技術として,(厳密に対を成すかどうか,という定義の議論はさておき・・・)AR(Augmented Reality,拡張現実)技術を博物館に応用しようとする試みもいくつか見受けられるようになってきました.

例えば,以前当サイトでもご紹介しましたが,DNPでは目の前にある文化財とコンピュータ上のバーチャル空間を同期させ,目の前の文化財に関する情報を取得したり,バーチャル空間上で文化財を動かしたりする技術を実験的に実現しています.


同様に,オランダアムステルダムのAllard Pierson Museumでは,"Future For The Past"と題して,古代ローマに関する作品展示に対して,ディスプレイ上に追加情報を提示するMovableScreenというシステムを用いた展示手法を提案しています.元ネタはengadget日本版ですが,これは動画でどうぞ.

MovableScreen at Allard Pierson Museum in Amsterdam


また,何かと話題のGoogleストリートビューでは,最近,所有者のリクエストに基づいて施設内を自転車で撮影する試みが検討されており,文化施設でいうと高台寺旭山動物園では既に先行して撮影が行われているようです.このようなサービスもリアルな施設の画像を仮想地図上にマッピングするという意味で拡張現実と言えるのではないかと思います.


また,現実を強化するという観点では,手術トレーニングや熟練技術の伝承向けに開発されたロボットハンドを用いて,通常触れることが困難な文化財の感触情報を指先に伝える等という応用がなされれば面白い展開があるかもしれません.


博物館の情報化を考える上で,VR/AR技術がもたらす手法は博物館のメインコンテンツ(文化財コンテンツ)を「見せる」手法の新規開拓を意味するので,研究対象としても,ビジネス対象としてもどちらかというと派手でわかりやすく,上記で紹介したもの以外にも面白いの研究やビジネスが数多く行われているかと思います.が,ひとまず紹介はこれくらいにして,博物館の情報化にとってVR/ARがどのような意味を持つのか,ryojin3なりに考察してみたいと思います.

以下,完全に個人的意見です.もっと言うと,ryojin3はVR/ARに関しては専門外なので,世の中の潮流やVR/ARの歴史的背景から外れた考えになってしまっているかもしれません(まぁ,言い訳です).

そもそも,VRやARが発達してきた背景には,シミュレーション,ナビゲーション,法則や動態の可視化,といった人間の理解を補助する必要性が高まったという側面が大きかったからと考えられます.近年では理解の補助のみならず,仮想空間や拡張空間を人間活動の更なる「場」として捉え,「場」上でコミュニケーションを行ったり,コンテンツを享受する環境が整備されつつあるのではないでしょうか.

そう考えると,博物館がVR/AR技術を利用して仮想空間に打って出る状況も理解できます.なぜなら,多くのユーザが彼らのキラーコンテンツである文化財コンテンツを享受できる新しい場が出現しており,そのような場にコンテンツを投入していくことで,ユーザは最終的にホンモノが見たくなり来館する,という相乗効果が期待できるストーリーが成り立つのです.

また,もともと仮想空間には時間と場所の概念がないので,いつでもどこでも好きなときに好きなコンテンツを閲覧することが可能です(もちろん,シアターでのコンテンツ閲覧には制限がありますが).更に,そもそもの理由でもある人間の理解の補助という意味では,コンテンツに付随する多くの関連情報(収蔵品メタデータ)が提供されることで,ユーザは知的好奇心を強く刺激されることとなるのです.

しかし,その一方で,次のようなデメリットも考えられます.つまり,誤解,理解の消化不良,不正な二次利用の助長,が起こりうるということです.

VRはあくまでもホンモノを模した擬似的な世界です.三次元計測技術や色再生技術等を用い,正確に文化財を記述する研究は進んでいますが,印刷された図書のような代替性は持ち合わせていないと考えるのが妥当だと思います(厳密に言えば,図書だってまったく同じモノは世の中に存在しないのですが,複製を作る場合,図書に比べ文化財はより厳密な代替性が求められると言えると思います).そこでは代替性がないことによる誤った理解は避けなければならない.それを補うためにARを用いて多くの関連情報が提供されるのだと考えられますが,そこにも問題があります.多すぎる情報は雑音となり逆に理解の妨げになる場合があるということです.適切なメタデータの設計と配信が考慮されなければならないかと思います.

更に,二次利用を考慮したDRMも整備されなければならないかと思います.仮想空間の「場」としての利用は始まったばかりであり,運営方針や「場」における法整備などがあまり進んでいないように見受けられます.この点に関しては,総務省も取り組みを開始したようです.


博物館にとってVR/ARは研究対象であると共にビジネスの対象であると思います.大きなことを言いますと,日本が,総務省が言うところの「知識・情報経済大国」になるためには,1) より正確な文化財記述の追求,2) 適切なメタデータの設計と配信方式の確立,3) コンテンツの著作権管理 を丁寧にこなしていくことが重要となることと思われます.もちろん,国もそのあたりの施策は考慮しており,総務省のICTビジョン懇親会での中間取りまとめにもその重要性が謳われていますし,文科省主導の「デジタル・ミュージアム実現のための研究開発に向けた要素技術及びシステムに関する調査検討」でもより具体的な検討が行われることと思います.


いやぁ,面白くなりそうですね.

情報知識学会 第17回 2009年度年次大会

先週の土曜日,情報知識学会の年次大会に参加してきました.


今回の研究会は年次大会とあって,26件もの発表があったようです.2教室を使い,セッションがパラレルで走る盛況ぶりでした.ただ,ryojin3は所用があったので,セッションA-1のみ聴講しました.今回は,セッションA-1の中から特に興味深かった発表のみご紹介させて頂きます.

(1) トピックマップを用いた人名典拠情報の構築
 発表者:研谷紀夫(東京大学大学院 情報学環),内藤求(ナレッジ・シナジー)

異名同人・同名異人等の人名典拠情報を管理するために,Topic Mapを用いて関係構造を構築しようとする試みです.Topic Mapはryojin3も関わっているISO/IEC JTC1 SC34のWG3でISO化(pdfが開きます),JIS化(JISX 4157)されており,知識の体系化を目的としています.この発表では,予め人名典拠情報テーブルに基づいて下記のような人名典拠オントロジを構築し,OKS(Ontopia Knowledge Suite)を用いて開発しています.

以下,主なTypesの分類です.

タイプ分類
Topic Types国,人,地名,組織・グループ,職業等
Association Types友人関係,夫婦関係,師弟関係,職場関係,親子関係等
Occurrence Typesよみ(平仮名)名,よみ(平仮名)苗字,ローマ字名,ローマ字苗字,人間関係,関係期間,誕生した地,出典,役職・役割,所属等

人トピックはIRI(Internationalized Resource Identifier)を割り当てることで一意に識別されます.現在は文字列の問題があり,PSI(Published Subject Identifier)公開やRDFとの情報交換については検討中らしいです.

(2) 国内大学図書館におけるデジタルアーカイブの現状
 発表者:鈴木良徳,時実象一(愛知大学文学部)

2005年までデジタルアーカイブ推進協議会が行ってきたデジタルアーカイブ動向調査の続報です.独自にアンケートを行い,国内大学図書館におけるデジタルアーカイブの現状を明らかにしています.

アンケートは,図書館年鑑に基づいて選定された各図書館に対して行われ,Webフォームから回答をもらうという形式を取っています.

アンケートの結果,実施数・保存されている資料数・保存されている資料種類・アーカイブ導入に伴う問題点・著作権処理の実施有無・著作権管理の要望点・標準利用の有無・アーカイブの構築運用体制等について統計的に明らかになった点が多く見受けられます.

また,結論として,デジタルアーカイブが事業としては停滞気味であること,対象物として貴重本が主で,一部博物館・美術館の役割と考えられる絵画/彫刻のアーカイブ化も見られること,予算・人員はもとより,著作権の制約が大きなボトルネックになっていること等が挙げられています.また,デジタルデータの長期保存の観点で考えると,PDF-AやJPEG2000等はまだまだ新しすぎて現場ではあまり導入されていないようです.

(3) 博物館における業務情報の共有とIML (Inter-Museum Loan)システムの可能性
 発表者:田良島哲(国立文化財機構 東京国立博物館)

博物館の学芸業務プロセスの標準化の重要性を,展覧会等の貸借業務を例に論じています.特に,図書館サービスの1つであるILL(Inter-Library Loan,図書館間相互貸借)の考えを発展させ,IML(Inter-Museum Loan)という概念を提案しています.

本文でも触れられていますが,一般的に博物館の業務情報化の話では,MDA(現在は改組してCollections Trust)SPECTRUMが必ずと言っていいほど取り上げられます.国や地域の差異があるので丸ごと利用できるものではありませんが,国内の学芸業務標準化にとって,やはり参考になるようです.

IML(Inter-Museum Loan)とは,貸借業務の「ネットワーク上でのシステム化」のことを指し,主に1)作品・資料自体の移動情報と2)作品・資料の画像情報のネットワークを介した相互利用が想定されています.一言で移動情報と述べましたが,実際に貸借業務を行う場合には,かなり多くのタスクと文書ワークフローをこなすことが要求されるようです.

以下に論文に掲載されていた貸借業務について抜粋しておきます.これは参考になるなぁ.
  • 原則
    • 博物館資料は代替性がない
  • 貸借業務
    • 博物館資料特有の業務
      • 資料の保存状態のチェック
      • 保存状態に基づく輸送及び展示条件の設定
      • 搬送時における借用館または貸出館の職員随伴
      • 搬送・展示に際しての損害保険の付与 etc.
    • 貸借業務時に発生する各種文書処理
      • 貸出の依頼書
      • 借用側の施設環境に関する書類(ファシリティ・レポート)
      • 貸借両館での内部決済書類
      • 貸出の許可書
      • 輸送や保険の契約書
      • 貸出時に取り交わす借用証書
      • 貸付簿
      • 貸出品の状態に関する調書 etc.

デジタル復元

京都・臨済宗大本山建仁寺(東山区)の襖絵「雲龍図」(重文,桃山時代,海北友松筆)4幅(吽形相(うんぎょうそう))がデジタル複製され,5/10まで公開されているようです.
今回のデジタル複製はNPO法人京都文化協会が2007年からキヤノンと3年間の期間限定で進めている文化財未来継承プロジェクト「綴TSUZURI」の一環として制作されたものだそうです.
複製は,原画一幅毎にデジカメで45分割撮影し,合成画像を特殊和紙に出力することで制作されたようです.綴プロジェクトの技術ページには,撮影・印刷・金箔・表具に関する技術について解説がなされています.ここでは,補足的なリンクのみ付けておきます.

ページではさらりと画像の光源ムラ防止や濃度バラつき補正,色調補正,レンズの収差補正等が述べられていますが,一つ一つは相当高い技術が用いられているのでしょう.また,このプロジェクトのために開発された専用和紙ってどんな紙なのか気になりますが,詳細は探せませんでした.一応,Tech On!のニュースによると,コウゾを主原料にミツマタを加えた専用紙らしいです.

撮影技術
印刷技術
金箔